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瑠璃光寺五重塔



瑠璃光寺の境内にある五重塔は、応永の乱で足利義満と戦い戦死した25代当主大内義弘の菩提を弔うために、弟の盛見によって嘉吉2年(1442年)ごろに建立されました。全国に現存する五重塔のうちで10番目に古く、美しさは日本三名塔の一つに数えられています。
 五重塔は九輪の先端まで31.2メートル。檜皮葺の屋根、初層内の須弥壇(仏様がまつってある場所)が円形などの特徴があります。室町時代のすぐれた建築の一つであり、大内文化の最高傑作として国宝にも指定されています。
ライトアップされた姿や、池に映った姿の五重塔も神秘的な雰囲気で、春の梅や桜、新緑、ツツジ、紅葉と四季折々の風情もまた格別です。
  瑠璃光寺を中心にした一帯の「香山公園」には、幕末に毛利敬親が茶事にことよせて藩士と討幕の策を練ったといわれる「露山堂」や、薩長連合の志士が集った「沈流亭」、明治時代以降の「毛利家墓所」など貴重な史跡が数多くあります。
 毛利家墓所への参道は「うぐいす張りの石畳」として有名な場所。ある位置で手を叩く、強く足踏みするなどして音を出すと、美しい音が返ってきます。 場所によって響き方も違うとか。試してみられませんか?

香山公園の詳細情報はコチラ→香山MAP

■大内義弘
延文1年/正平11年(1356年)~応永6年12月21日(1400年1月17日)。室町時代の守護大名で、地方の一守護にすぎなかった大内氏を全国的な存在におしあげた。歌道にも優れ、『新後拾遺和歌集』という歌集を残している。

 

常栄寺雪舟庭



雪舟庭は今から500年前の妙喜寺の時代に画僧雪舟が築庭しました。雪舟が居住、アトリエとした雲谷庵を建てるなど、雪舟とゆかりの深い29代当主大内政弘が中国から帰国して間もない雪舟に、妙喜寺の庭に石庭を築くよう命じたと伝えられています。
 庭は本堂の北面にあり、東、西、北の三方を囲む山林を背景に水と石を美しく配し、枯山水、枯滝を設けた池泉回遊式庭園です。中国大陸を象徴する三山五嶽の石組みや日本の富士山になぞらえた石組みなど、広大なイメージを無数の石で表現しているほか、内庭全面は芝生で覆い、一木も用いず、わずかなさつき、つつじを植え込んで、山林雲煙を表しています。いくらか改築の跡がみられるものの大部分は築庭当時のもの。名園として国の史跡名勝に指定されています。
 明治の中期、日本古美術の再発見と近代日本画の開拓に貢献したアメリカ人・フェノロサが「雪舟は芸術界全部においての直線と角との最大の巨匠である」といっています。これは雪舟の山水画に対してのものですが、雪舟庭においてもよくその言葉を味わうことができそうです。
また、常栄寺には隆元の肖像や五重塔の建築で知られる大内盛見、雪舟の絵も残されています。 

■雪舟
備中(岡山)で生まれ、京都で禅僧として修行を積みながら絵を学ぶ。山口を訪れたのは30代中ば頃。大内氏の遣明船で明国(中国)へ渡り、明国で絵の技法や風物を吸収し、帰国後は雲谷庵で多くの大作を描いた。晩年は山口で過ごしたといわれる。

 

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